Issue 2023.12

Issue 2023.12

デザイン塾で制作する、テーマ自由のオリジナル冊子。受講生4名の学びの成果をご紹介。

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2014.11.14

写真家=石川博己さん

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脈々と続く道の先には、穏やかで明快な風景が広がる。

「山に登ると考えることが少ない。選択肢が多い日常を生きる中、山にいる間は着ているダウンジャケットの色も下界での考え事もどうでもよくなる。道に迷わずただ歩き続けるという、生きることに対する当たり前しか残らない」。石川さんはとてもスムーズに山を登る。そして時折立ち止まり、ローライフレックスを両手で支え、静かにファインダーを見つめる。少し時間が経って「チッ」という小さなシャッター音が鳴ると、静かに仕舞ってまた歩き出す。ザックに詰め込まれたカメラやフィルムなどの重みを背中に感じ、ひたすら登り続けた先に広がる光景を「充足感の中に見える景色」と石川さんは言う。

「たとえ同じ場所で同じように別のカメラで撮ったとしても、ローライが表現する世界が好き。この正方形のファインダーからのぞくと、美しいと思えるものが格段に増える」。2002年に放送された写真家を特集するドキュメンタリー番組で、ローライフレックスの映像が流れた。黒い箱型のカメラを首からさげて撮影するそれまで見たことのないスタイルに魅せられ、石川さんは写真をはじめた。

「撮影者と被写体の向き合いが見える写真はいいなと思う。子どもへ向けられた母親の笑顔や、標高の高い山から見下ろす景色は、誰しもが撮れる写真ではない。その撮影者がそのタイミングでシャッターを切った必然性を感じられる写真には、人を感動させる力がある」。フィルムカメラで撮った写真は暗室で色の乗せ具合を微調整し、その時見た光景と感情を再現する。撮るまでの移動から、撮影、プリントまで気持ちを乗せるタイミングを何度も重ねることで、写真は徐々に精製されていく。撮影者が被写体に対して費やした想いや時間は、まざまざと写真に写り込み、見る者の心に訴える。

「これからはもっと自分の好きな写真で活動したい。今まで書籍やリトルプレスなどをやってきたが、撮りたいものだけにシャッターを切ったわけではなかった。人には散々、好きなことをやっている時が人間一番強く、もし失敗してもきっと後悔は無いと助言してきたが、実は全て自分自身へ向けた言葉だった。好きという気持ちに素直に従わなかった後悔が数え切れないからこそ、これからは実践したい。“俺見てん、好きなことやっとるやろ”と言えるくらい分かりやすく在りたい」。石川さんになぜ写真を撮るのか尋ねると「自分が見た美しい光景をもう一度見たいから。」という言葉が返ってきた。表現や発信を求めるよりまず、そうしたいと心が動く。20代前半からデザインの世界へ足を踏み入れ走り続けてきた石川さんは、歩みを進めるごとに荷物を増やしていくのではない。感情や願望は次第に研ぎ澄まされ、行き着いた先に広がるのはごくシンプルな光景である。

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Profile

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石川博己(いしかわひろみ)
エフ・ディデザイン事務所代表。20代前半に福岡でデザイン事務所を立ち上げ、主軸のデザイン業の他に出版、デザイン塾、クリエイティブツアーなどのプロジェクトも手掛ける。撮影で屋久島へ行ったことがきっかけで山に魅了され、フィルムカメラのローライフレックスで自身が登った山の光景を記録し続けている。
住/福岡市中央区桜坂3-12-78 パークハイツ桜坂603 問/092-733-1692 https://f-d.cc/

写真・文=永溝直子