Issue 2023.12

Issue 2023.12

デザイン塾で制作する、テーマ自由のオリジナル冊子。受講生4名の学びの成果をご紹介。

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2012.6.6

F_d books企画vol.1 屋久島の暮らし「自然とともに」

屋久島の暮らし=自然とともに
屋久島の暮らし=自然とともに
屋久島の暮らし=自然とともに
屋久島の暮らし=自然とともに
屋久島の暮らし=自然とともに

自然とともに暮らそう。

 山がたくさんあって緑豊かで海もきれいで・・・そんな島に住めたら、どんなに心地いいだろう。ユネスコ世界遺産に登録されたことでも有名な屋久島は、まさにその美しい森・海・川がそろった夢の土地。F_d booksでは“そんな屋久島に移住するとしたら?”というイメージを具体的に膨らませる本の制作を進行中。実際に移住した人たちを取材し、家はどう見つけるのか、どうやって生計を立てているのか、生活のために必要な知識から屋久島に魅かれた理由までをじっくり聞いてきました。そしてこのリトルプレスでは10月号・1月号にわたり、取材で感じた屋久島の魅力を特集。今回紹介するのは、自然とともに暮らす人々の姿です。

屋久島の暮らし=自然とともに

 島の中心部には標高1800m以上の険しい山々がそびえ立ち、森林の面積が島の9割を占める屋久島。太平洋と東シナ海に囲まれ、島中どこにいても海や山が見える、そんな島。今回本を作るために取材を重ねた中で、屋久島の印象について皆さんが口々に言っていたのは“自然が圧倒的”ということでした。都会とは対照的に、自然が主役の屋久島ではその力に翻弄されることもしばしば。特筆すべきは年間の平均降雨量で、平地で4000ml、山間部では10000mlにも達します。大量の雨は多様な生態系を生み、豊かな水源となって生活を潤すのです。
 そんな環境の中、島の人たちが昔から大切にしているのが『山岳信仰』。耕地が少なく、昔から山や海に生活が依存していた屋久島では、“それぞれの山には神が宿り、人間も動物も山によって生かされている”という想いが強く残っています。今でも毎月15日は「神々が行列を作り山を見て歩く日」として、山へは立ち入らず山仕事を休みにする島民は少なくありません。
 また、山の神を畏れ敬う風習として代表的なものが『岳参り』というもの。これは島を構成する24の各集落で、若者を中心とした一団が登山するというもの。集落それぞれに信仰している山があり、山頂に建てられた祠に参るのです。今では移住者も参加し、地元の人と親交を深める大切な機会にもなっています。
 自然との密な関係の上で成り立ち、育まれてきた屋久島の歴史。そんな屋久島で、自然とともに生き、つくり、育んでいる人たちの話を聞いてきました。それはわざわざ“自然とともに”と言わなくてもいいほど、当たり前に自然と生きている人々の暮らし。これからの私たちの生活にとって、とても大切な、暮らし方のお手本でした。

屋久島の暮らし=草木染めコポル

自然の色をもらう、染める。

 まず私たちが向かったのは、屋久島の南側に位置する尾之間集落。気候が安定していて温泉もあるため、移住者に人気が高い集落のひとつです。 尾之間の県道を走っていると見えてくる、『コポル』という可愛い看板に誘われ一行は集落内へ。店舗の壁に書かれた“open10:00ごろclose18:00ぐらい”というゆるい文字が、のんびりした雰囲気を醸し出します。ミントグリーンの屋根や壁に描かれた子供たちのイラストも素敵。店内に入ると草木染めで作られたハンカチやTシャツが売ってあり、「すぐ側には工房もありますよ」とのこと。さっそく工房を訪ね、草木染めについてお話を聞きました。
 染色をしているのは日髙安子さん。平成元年に『ひだかやすこ工房』を始め、お土産物だけでなく織屋さんからの注文を受け、糸の染色も行なっているそうです。草木染めの渋いイメージを覆すような、鮮やかな黄色やピンク、ターコイズ色が目を引きます。「黄色の糸はハゼの木の芯を使って染めました。ターコイズの色味は琉球藍の生葉をしぼって酸化させたもので、大島紬にも使われる色。コチニールはカイガラムシのことで、これを使うと鮮やかなピンク色になるんですよ」。どんどん糸を持ってきて説明してくれる安子さん。「草木染めは色が抜けやすいと言われるけど、化学染料よりけんろう度は高いんです。色は生きているから、管理が良いと深みも増していくの」。
 屋久島の植物を材料に草木染めも行っている安子さんの作品には、木工屋さんにもらった屋久杉の削りかすで染めたものもありました。その色は年輪を重ねた杉と同様、深い茶色。島の特産物タンカンで染めた布は優しく淡い黄色に。
 「家の近くに自生する植物や、自分で育てた植物も材料にしてますよ」。そう話しながら裏庭へと歩いていき、丁寧に説明してくれる安子さん。 「今は媒染剤を使わない、草木の天然の色を生かした染色に挑戦してるんです」。溢れんばかりの自然の中、植物の色をもらい染めるということ。その贅沢さがうらやましく、飽きることはないだろうなぁと、安子さんを見て思ったのでした。

屋久島の暮らし=草木染めコポル

青空にはえる草木染めコポル。ミントグリーンの屋根がかわいい。

屋久島の暮らし=草木染めコポル

ハゼの木の芯を用い、異なる媒染剤でさまざまな色味に染め分けたもの。屋久杉の皮。削りかすを煮出して色素を抽出する。

屋久島の暮らし=草木染めコポル

屋久杉の皮。削りかすを煮出して色素を抽出する。

屋久島の暮らし=草木染めコポル

自生している植物の数々。びわの葉や山桃、太平洋諸島に分布するウラジロエノキなど、自然の中に材料がある。

屋久島の暮らし=草木染めコポル

安子さんの色見本。けんろう度(光による退色に対しての耐性を表す度合い)を調べたもの。

屋久島の暮らし=草木染めコポル

草木染めコポルの店内。屋久島の植物で染められたTシャツやハンカチ、刺繍糸などが並ぶ。年代物の織り機とミシンのディスプレイが素敵。

Profile

屋久島の暮らし=自然とともに

草木染めコポル 日高安子(ひだかやすこ)さん
1990年に草木染め・ひだかやすこ工房を始める。織屋からの注文を受けて糸を染める他、屋久島に自生する植物での染色も行なっている。
住/鹿児島県熊毛郡屋久島町尾之間806-3

自分たちの手で安全な場所を。動物と暮らす立澤さん夫婦のねがい。

 「動物をたくさん飼っているおもしろい人がいるよ」そんな情報をもらい、次に私たちが向かったのは湯泊集落。山道をおそるおそる進んでいくと、生い茂る緑の先につなぎを着た、白い髭をたくわえた渋いおじさまが立っていました。この方こそ“動物をたくさん飼っている、おもしろい人”立澤政彦さん。犬やヤギやニワトリが、にぎやかな声を出して迎えてくれます。
 まず驚いたのは、その土地の広大さと動物の数。ヤギ、犬、ニワトリ(なんと350羽!)、あいがもが飼育され、手づくりのビニールハウスや農園が広がり、ヤギ小屋だけでなんと300坪。「子供がアトピーになった時、食事療法で化学肥料を使わない食事に変えたんです。それが“食の安全”を考えるきっかけになりました」。“離れて住む子供や孫に、安全なものを食べさせたい”そんな想いから作物をつくっているのだと語ってくれました。

屋久島の暮らし=立澤さん

 政彦さんが東京を離れ、屋久島へ来たのは2007年のこと。妻の八千代さんと二人で移住しました。
 「東京は非常に便利だけど、都会ならではの脆弱な部分が大きいですよね。ここは山から水をひいていたり、食べ物も自分で作ったりと、生活が確かなんです。何が起きても大丈夫」。
 万が一のとき、家族や友人をいつでも呼び寄せられるような安全な場所でありたいというのが、政彦さんの大切な願いなのです。そしてもう一つ、二人が望んだのは動物と自由に暮らす生活。
 「この場所を選んだ決め手は、集落から少し離れていて、民家も周りにないこと。動物がのびのびと暮らせることを考えて選んだんです」。そう政彦さんが話している間にも思いおもいの方向へ駆け出したり、政彦さんに甘えたり、いそがしい動物たち。自然のままの心地いい環境で暮らしているからか、みな表情豊かでいきいきとしているのが印象的でした。「ここで暮らせてよかったね」と、動物たちのしあわせを思いながら立澤さんと動物たちに見送られた私たち。
 次に向かうのは吉田集落。次号では自然の恵みに彩られた、屋久島の食卓を紹介します。

屋久島の暮らし=立澤さん

11頭のヤギと350羽のニワトリ、ウコッケイ。ウコッケイの卵で作ったゆでたまごは絶品。

屋久島の暮らし=立澤さん

思い描いていた動物との暮らし。犬も家族の一員。

屋久島の暮らし=立澤さん

政彦さんが歩く方へ動物たちも着いていく。物語のワンシーンのよう。

屋久島の暮らし=立澤さん

合鴨農法(水稲作において合鴨を利用した無農薬農法)を実践。

屋久島の暮らし=立澤さん

カリウムが豊富に含まれるパッションフルーツ。ビニールハウスは鉄材を買ってきて1人で組み立てた。

Profile

屋久島の暮らし=自然とともに

立澤政彦・八千代(たてざわまさひこ・やちよ)さん
2007年に東京とより移住。湯泊集落にて動物の飼育と、化学物質を使わない体と自然に優しい農業を実践中。

屋久島の自然|日本全土の自然がつまった島

 鹿児島県大隅半島に属している屋久島。面積は504.88㎢、周囲約132㎞で、火山島ではなく大部分が花崗岩から成り立っているのが特徴。
 島の中心部には九州最高峰の宮之浦岳(1936m)の他、1800m以上の山々がそびえ立つことから“洋上のアルプス”とも呼ばれます。山頂部と海岸部の気温差は12℃にもおよび、亜熱帯の気候と北日本の気候を併せ持つため日本の植物種の四分の一が生息。その数は約1900種、屋久島の固有種だけでも約94種にのぼり、日本の北から南までの生物多様性をうかがえるまさに“日本の縮図”なのです。それらの特徴から1993年にはユネスコ世界遺産にも選ばれ、島面積の約21%が世界遺産に登録されています。

屋久島の暮らし=自然とともに

写真=石川博己 文=柳田奈穂