Issue 2023.12

Issue 2023.12

デザイン塾で制作する、テーマ自由のオリジナル冊子。受講生4名の学びの成果をご紹介。

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2014.2.5

特集|4696-1616 野口剣太郎

4696-1616 野口剣太郎

見知らぬ人と自分を繋げる、珍妙なマスコットたち。

『4696-1616』のマスコットを制作するのは、デザインオフィス『SHIROKURO』の野口剣太郎さん。仕事を終えてはお酒を飲みながら、ちくちくと針を進る。ものというには体温がありすぎて、作品というには肩の力が抜けている“それら”は、「幸運をもたらすお守りとして身近に置いて大切にするもの」という意味を持つ「マスコット」という表現が、本当にしっくりとくる。可愛いけど毒があって、一筋縄ではいかない魑魅魍魎。その誕生から巣立ちまでを、野口さんに伺ってみた。

「子供の頃からずっと、漫画や絵を描くことが好きでした。いつか絵だけで勝負したい、そう思いながらも、身の回りには絵がうまい人やイラストレーターの友達も多く、プロとの差を実感しては“自分の絵はらくがきだな”と思い続けて、人に見せることもできずにいたんです」。
幼稚園のころ没頭したお絵描き、小学生で大好きになった漫画。「高校でもずっと漫画を描いていて、密かにデビューを狙ってました」と語る。
高校3年生のころ、母親の知り合いの寿司屋で修業をはじめ、その期間も漫画家デビューの夢を持ち続けていた。「技術は師匠から、接客はそこで働いていた“おかまちゃん”から教わって。おかまちゃんには、他にやりたいことがあるのを見透かされていたんですね。“やりたいことをしなさい”と言われました」。その言葉をきっかけに寿司屋を辞め、アルバイトに没頭しお金を貯めた。そして18歳の終わり、兄が見つけてきたアルバイトが、人生の転機となる。それは北九州のデザイン事務所の求人だった。
「絵が描きたいという想いで働きはじめて、でもだんだん、デザインが好きになっていきました」。そこには後に、ともに独立し事務所を立ち上げることになる、加籐真弓さんもいた。デザインという仕事に魅せられた野口さん、22 歳までの約4年間その会社で働き、「好きなものが似ていた」という加籐さんとともに『NEOART PERFORMANCE』を立ち上げる。北九州を拠点に12 年間活動し、その後、『SHIROKURO』と社名を改め福岡に拠点を移した。その間も変わらず、イラストを描き続けていた。

表現を内から外へ、そしてマスコットが生まれる。

2011 年は野口さんにとって、いわば自分だけの世界から外界へと踏み出した年だ。7月、福岡を中心としたzine やリトルプレスのイベント『10zine』の立ち上げに参加した野口さん。「下手でもいいから恥ずかしがらずに、一度人に見てもらえる形にしよう」と決心し、イラストでZINE を制作。12月には、第1 号となるマスコットを作った。
「友人への誕生日プレゼントとして制作したんです。クロネコとコウモリのマスコット。既製品で“個人的な日頃の感謝の気持ち”を表すよりも、自分で作ったものの方が、伝わると思って」。
針と糸を使ったその作業が、性に合っていることを実感したという。マスコットがその後、制作の中心となるには、もうひとつのエピソードがある。
「僕は一人で行動したり、自分から人に話しかけることが苦手で。“SHIROKURO のデザイナー”という立場ではなく、ひとりの人間として置かれたときに、まったく接点のない人とどうしたら話ができるのか…どうすれば自分から接点を生み出せるのかと、よく考えていました」。
そんなある日のこと、バスを待つ野口さんの前で、同じくバスを待つ二人の女子高生が立っていた。彼女たちと自分の接点についてぼんやりと考えていたとき、目に入ったのが、鞄にぶら下がるたくさんのマスコットだったという。
「僕自身とは接点がなくても、今の僕なら、マスコットを通して接点を持てるかもしれない。ギャップを埋めてつなぐのは、マスコットしかいない!と、ピンと来たんです。そして、制服という規制の中で個性を主張するマスコットのように、僕のマスコットがいろいろな人の“自分らしさ”としてぶら下げられたらすごく嬉しいなと思ったんです」。
頭に浮かんでくるさまざまなイメージを具現化するため、夢中で手を動かした。そして今、たくさんのマスコットが生まれ、人の手に渡っていく。

世界観が凝縮された、ひとつだけの作品

絵も布も、野口さんにとって決めごとのない自由なフィールド。想像しながら、針を進めながら、自然と形作られていく。その様子は“生まれる”という表現が一番しっくりとくる。同じマスコットは作らないので、すべてが世界にただひとつの作品。
「 キャラクタービジネスが目的ではないので量産という考えはないし、一つひとつを作ることが大切だと思っていて。だから、オリジナルは手放しても良いと思っています。それはZINE に残していき、本物は買ってくれた人の手元にある。その方法が、僕の制作にとって一番正しい形だと思うから」。
マスコットから放たれる只ならぬエネルギーや、気配の濃さ。制作過程で宿されていく命。小さく、異形で、少し毒のあるマスコットは、今まで野口さんが誰にも見せずに描きためてきた膨大なイラスト、想像や妄想、頭の中で混在されたものが、凝縮して外に出てきた形。その、誰のためでもない、自分のための制作が他者である私たちに届く幸福。
部屋にこもって、日がな一日大好きなことに没頭する子供のような、無垢な情熱を、大人になって
も持ち続けられる人はどれくらいいるのだろう?「自分が楽しむことを一番大切にしたい」と語る野口さんの作り出すものは、それを持つ私たちにも、楽しさを与えてくれる。そして、“作りたい”という純粋な衝動が本来どんな形をしていたかも、思い出させてくれるのだ。

4696-1616 野口剣太郎

「寿司屋で修業した、桂むきの作業に似ている」と言いながら、もくもくと針を進める野口さん。

4696-1616 野口剣太郎

制作が進むにつれてマスコットは立体感を帯び存在感を増していく。コンセプトがあっても、制作過程でどんどん変わっていくそう。

4696-1616 野口剣太郎

野口さんの几帳面さが伝わる、整理整頓されたこだわりの道具入れ。

4696-1616 野口剣太郎

マスコットのルーツであるイラスト。膨大なスケッチが立体へと浮かび上がっていく。発想源は人や動物の、“変だな、滑稽だな”と感じる部分。

4696-1616 野口剣太郎

「マスコットに関してはアシスタント」と語る加籐さん。「制作過程を見せたくない」という野口さんは、加籐さんの見ていない所でマスコットを完成させるのだとか。

4696-1616 野口剣太郎

2013年4月6日〜14日、佐賀市の『PERHAPS GALLERY』での初個展『4696-1616 collection#1』。会場の真ん中には特製バッヂのガチャガチャが設置!遊び心満載。

4696-1616 野口剣太郎

120体ものマスコット、個展終了時にはなんと、残り30体に。町中で野口さんのマスコットに出会うことがあるかも。

4696-1616 野口剣太郎

個展に到る経緯、“ドキュメンタリー”が詰まった、140ページ以上もの大作ZINE !

4696-1616 野口剣太郎

マスコットを購入した方には後日、缶バッチ付きの丁寧なお礼状えを送った。野口さんの人柄が伝わる。

4696-1616 野口剣太郎

福岡在住のイラストレーター集団・eightt の『eightt+T(Tシャツマーケット)』に参加した際に制作したT シャツ。密集したガイコツ+ガイコツブローチ付き、細部にまでこだわりが感じられる。

Profile

野口 剣太郎(のぐちけんたろう)

野口 剣太郎(のぐちけんたろう)
デザインオフィス『SHIROKURO』デザイナー。『4696-1616(しろくろいろいろ)』にて「今つくりたいものをいろいろな手法で自由につくる」というコンセプトのもと、現在は主にマスコットの制作に重点をおいている。2014年4月上旬に、『 PERHAPS GALLERY』で展示予定。
問/info@4696-1616.com http://4696-1616.com/

写真=石川博己 文=柳田奈穂