Issue 2023.12

Issue 2023.12

デザイン塾で制作する、テーマ自由のオリジナル冊子。受講生4名の学びの成果をご紹介。

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2012.7.12

シリーズ/屋久島の暮らし④





自然とやさしさに育まれて。

 現在発刊中の「屋久島移住ブック」。本書籍では屋久島に移住した17組の方々に取材を行い、その暮らしを通して島の魅力に迫りました。全国各地から、また外国からも移住者が絶えない世界遺産の島・屋久島。その美しい自然は人々に豊かさを与える反面、都会の整った住環境と比べると、ずいぶん不便にも感じるでしょう。24時間営業のお店はありませんし、台風の多い屋久島では頻繁に停電が起き、長い時では6時間暗闇の中ということも。
 それでもこの島に住み、足りないものは自分たちの手で補いながら、まわりと助け合いながら暮らす人々。便利さよりも不便さを選んだ彼らの毎日には、どんな時間が流れているのでしょう。リトルプレスでは書籍に引き続き、その暮らしに迫ります。

大きなガジュマルのある集落

 青々とした緑の中を、一路くんが駆けまわる。さんさんと降りそそぐ太陽の下、畑を走り抜けて気がつけば、近くの海まで行ってしまうことも。
 屋久島の北、人口約400人の志戸子(しとこ)集落に住む高久さん一家。子供は自然の中でのびのび育てたいと、一路くんが生まれたことをきっかけに島への移住を決めた。まだ1歳前だった一路くんと照美さんを残し、1人で家を探しにやってきたのは大黒柱の至さん。しかし屋久島には賃貸物件がほとんどなく、集落をまわり直接話をしていくしかなかったという。
「2週間ほど滞在して家を探しましたが、簡単には見つからず“とりあえず島にいないと情報が入らない”と、車に荷物を積んで僕だけ先に屋久島に来ました。空き家の情報を教えてもらえるようになったのは、近所の人たちと顔見知りになってからです」
 1ヶ月後には家が見つかり、ようやく家族3人での屋久島生活がスタートした。

ようやく庭付きのいい家に巡り会えたのだそう。屋久島での家探しは「とにかく住んでみる」ことが大切。

人生そのものの、海とともに

 志戸子が好きな高久さん一家は、3度のお引っ越しも同じ集落内で。一湊海岸も近く、海が大好きな至さんにとって最高の場所だ。
 西伊豆の大瀬崎という土地でダイビングインストラクターをしていた至さんは、屋久島の海の美しさ、その生態系に魅了され移住を決めた。黒潮の影響をダイレクトに受ける屋久島は、温帯種と亜熱帯種の魚が混ざり合いとにかく海中生物が多い。そんな多種多様な生物を、至さんは毎日カメラで切り取っていく。
「水中写真を撮り始めたのは大学3年生のときです。当時はコンパクトデジカメで防水もプラスチックのようなもの。それでも夢中で撮影していたのを覚えています」
 今では極力感情を抑え、対象を冷静に観察しながらの撮影を心がけているそう。しかし、やはり興奮していることが多いのだと笑う。
 “水中で写真を撮るのはとにかく楽しい”、そう語る至さんにとって海はまさに人生そのもの。
「海にすべてを捧げるつもりです。魚は憧れ。そして、屋久島は童心に返れる特別な場所です」

じっくりと大切にする仕事

 そんな至さんの水中写真の、隠れファンだと語るのは妻の照美さん。“屋久島の知られざる美しい海を、もっと色々な人に知ってほしい”と、夫婦共同で海の写真集を出したいのだと語る。
 デザイン事務所で働いていた照美さんは結婚・出産を機に一旦デザインからは離れ、移住後に仕事を再開した。
「生活が落ち着いてきた頃に仕事の話をいただいたのがきっかけです。まだ一路が小さかったので、スローペースで無理なくを前提に、ポツリポツリと仕事をしていました」
 今では島内のお店や宿泊施設のショップカード、名刺やロゴマーク、そしてお土産のデザインや商品提案も手掛けている。屋久島以外からの仕事を受けることもあるが、お客さんと直接会い、じっくりと要望を聞いて最高のものを作りたいという想いがあるため、島で受ける仕事を大切にしていきたいのだと語る。
「以前はひたすら仕事、仕事の毎日でした。徹夜続きで体を壊したり、自分の思う通りに時間がかけられずストレスを溜めてしまったり。でも今は一人ひとりの方と向き合って、ゆっくりと自分の思うようなデザインが出来ていて、それがいいなと思います」
 もともとナチュラルでやさしいデザインが好きだという照美さん。屋久島での仕事はそんなスローなコンセプトのものが多く、デザインを考えるのがとても楽しいのだという。そのため、出来上がったもの一つひとつが、大切で愛おしいのだと語ってくれた。

海も川もタイドプールも、家のお風呂も大好き。浮き輪でぷかぷか。

休日は1日中海でのんびりと過ごす。貝ガラやビーチグラスを拾うのが好きな照美さんを真似して、一路くんも砂浜で拾った瓶を宝物のように大切にしているそう。

至さんの写真。海中が一番緑豊かになる梅雨、久しぶりの陽射しを楽しむクマノミたちを撮影。

インストラクターとして大切にしているのは「自分自身が誰よりも海を好きでいること」。写真とダイビングを通して海の素晴らしさを伝えている。

光が射し込む照美さんの仕事部屋。「屋久島全体を大きく見たデザインの仕事がしたい」と照美さんは語る。

自身が発行しているフリーペーパー「Suisui」。観光とはひと味違う、屋久島の魅力が満載。

大好きな休日の過ごし方

 休みの日には家族揃って海で遊んだり、畑を世話したり、散歩に出かけたり。夏はほとんど毎日、海へ行っては夕日を眺め、ゆったりと過ごすという高久さん一家。
「家族みんなのお気に入りは、ウミガメの産卵で有名な永田集落の「いなか浜」。私は貝ガラ拾いが大好きで、海に行くと1日中でもきれいな貝や木の実を集めています」
 一路くんは波と遊び、至さんは海に潜ったり、写真を撮ったりと、それぞれが好きな時間を過ごしている。

集落という大きな家族

 そんな日々の中で豊かな自然に育まれ、一路くんはのびのびと成長している。
「ここでは子供たちは、幼稚園の子から中学生まで集落のみんなが一緒になって遊んでいます。遊びもゲームなどではなく、自然の中での遊び。夏は川や海へ飛び込み、冬は集落の中を駆け回って。通りかかる子はみんな挨拶をしてくれるのが普通で、人の温度みたいなものが都会とは違うんだなと思いますね」
 島では人と人の距離が近く、皆が助け合って生活している。ご近所付き合いを大切にし、集落がひとつの大きな家族のようなのだそう。
 高久さんの家の畑も、仲の良いおじさんに「畑をしたい」と相談したことから、知り合いの方から無料で土地を借りることが出来たという。
「はじめは至さんの背丈ほどもある大きな草の森を刈ったり、1本ずつ手で抜く所からスタートしました。一路もいつも手伝ってくれるんです。4年目の今年はやっと土の質が良くなってきて、より畑仕事にやりがいが出てきました」
 当たり前に助け合い、体中で自然を感じ、自分の手で野菜を育てたり、ものを作ったりすること。好きな仕事に取り組む親の姿を見て育つこと。そんな大切なことを丁寧に感じながら成長する一路くんは、きっと素敵な大人になるだろう。
「自然の中で大きくゆったりと育って欲しい」
 そんな親の願いとともに、人や自然にもらった優しさは、きっと自分自身も優しくしていくのだ。

とにかく水が大好きな一路くん。保育園に通う前は毎日海へ泳ぎに行っていたほど。

クリスタル岬と呼ばれるお気に入りの場所。美しい景色が望める。

人口約400人の小さな志戸子集落。海岸沿いにはガジュマルやアコウの大木が繁り、観光地としても人気が高い。

停電の多い屋久島。そんなときはロウソクをいっぱい並べて楽しむ。

家にテレビはなく、パソコンが唯一の情報源。必要なものは多くなく、むしろ減っていくのだそう。

草刈りから土作りまで、自分たちの手で作った畑。収穫が待ち遠しい。

Profile

高久至(たかくいたる)/照美(てるみ)/一路(いちろ)
2009年に神奈川県より移住。至さんはダイビングインストラクターで「屋久島ダイビングライフ」経営。1人からでも屋久島の海を案内してくれる。
照美さんは「niid design(ニドデザイン)」デザイナー。
http://yakushima-diving-life.com/

写真=石川博己 文=柳田奈穂