Issue 2023.12

Issue 2023.12

デザイン塾で制作する、テーマ自由のオリジナル冊子。受講生4名の学びの成果をご紹介。

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2012.6.6

F_d books企画 屋久島の暮らしvol.3「作ること、生きること」

屋久島の暮らし=中村圭・高田裕子

作ること、生きること。

 現在発刊中の「屋久島移住ブック」。本書籍では屋久島に移住した17組の方々に取材を行い、その暮らしを通して島の魅力に迫りました。全国各地から、また外国からも移住者が絶えない世界遺産の島・屋久島。その美しい自然は人々に豊かさを与える反面、都会の整った住環境と比べると、ずいぶん不便にも感じるでしょう。24時間営業のお店はありませんし、台風の多い屋久島では頻繁に停電が起き、長い時では6時間暗闇の中ということも。 それでもこの島に住み、足りないものは自分たちの手で補いながら、まわりと助け合いながら暮らす人々。便利さよりも不便さを選んだ彼らの毎日には、どんな時間が流れているのでしょう。リトルプレスでは書籍に引き続き、その暮らしに迫ります。

屋久島の暮らし=中村圭・高田裕子

圭さんお気に入りの、中間海岸のビーチ。サーフィンは制作と同様ライフワークで、休日は1日中海で過ごす。

大阪から屋久島へ。手づくりの生活が始まる

 樹齢300年といわれる中間集落のガジュマル。観光客だけでなく地元の人々にとっても憩いの場であり、中間集落の人々はよくガジュマルを仰ぎ見ながらひなたぼっこをしたり、世間話に花を咲かせている。屋久島の中でも移住者が少なく、島の風土が色濃く残る中間集落のはずれ。そんな静かな場所で、2人は日々、作品を生みだしている。

大きなガジュマルのある集落

 大阪でアーティストとして活動し、出会いも心斎橋のストリートという2人。2006年に結婚してからは、制作に打ち込める環境を求め、海外も含めて移住先を検討していた。しかしお互いの好きな環境は両極端。サーフィンが趣味で海が好きな圭さんと、森が好きな裕子さん、お互いが納得できる場所というのは簡単には見つからなかったという。そんな時に旅行で訪れた屋久島は、2人にとってこの上ない場所だった。
 それから2人は、定期的に屋久島を訪れるようになる。制作道具を積み込んで車を走らせ、ログハウスにこもり制作に没頭する日々。1年に1度だった滞在はしだいに頻度を増して、2ヶ月に1度訪れるまでになっていた。
「これだけ屋久島にいるなら住んだ方が良い」と、本格的に移住を考えだしたのは、そんな生活を3年間続けたころ。移住のきっかけをくれたのは、制作の合間の息抜きに通っていた、大好きなパン屋の店主さんだ。
「唯一顔見知りだったのが、その店主さんなんです。移住するなら家を探してあげるからと言ってくれていて。やっと決心がついたころ、家探しをお願いしました」
 空き家が見つかったとの連絡を受けたのは、なんと話をした翌日のこと。しかし紹介された家は、大家さんが廃材を使って建てた年季の入ったものだった。そのあまりの手作り感に「最初は正直、どう断ろうか考えた」と2人は笑う。しかし家探しの難しい屋久島、次はいつ見つかるか分からない。とりあえず住んでみようと決心した2人は、半年後、屋久島へやってきた。
「まずガスは点くようにして、改装の間も空いたスペースに寝泊まり。廃材で作ってあるので板の種類もまちまちで、3週間かかってなんとか2人の理想に近付けました」

自然に力をもらう制作活動

 窓の外には花が咲き、季節ごとの彩りをくれる2人のアトリエ。屋久島での制作はとても快適だと口を揃える。
「頭の中で考えて作るのではなく、体で感じて作るようになりました。屋久島の濃密な自然に力をもらっているので、どれだけ創ってもエネルギーが減っていく感じがしないんです」と、圭さん。草花をモチーフにしたボタニカルジュエリーを制作し、シルバーの静かな輝きは自然の瑞々しさを感じさせる。
 屋久島の木々や植物を大きなキャンバスいっぱいに描く裕子さんも、圭さんと同じく、あまり頭でコントロールしなくなったと語る。
「以前は絵を描くときに“この色はこうした方が本物らしいかな”とか“伝わりやすいかな”など、自分の中から力を搾り出すようにして描いていたので、何かがすり減っていくような感じがしていました。それが今ではより感覚的に、心のままに描くようになりつつあります。なぜか、描けば描くほどに力を与えられる気さえするんです」
 そんな彼女の描く屋久島の森は、作品を観る人に、その場の匂いや湿度、風、光を体中で感じさせてくれるようだ。自然を身近に、肌で感じながらの制作活動は四季折々に変化し、新月の月と星空の美しさに心を打たれた圭さんは、今まで作ったことのない海や星空をモチーフにした作品の制作にとりかかるという。裕子さんは2月になると屋久島中に咲く、りんご椿を丁寧に描いていく。

屋久島の暮らし=中村圭・高田裕子

光がたっぷりと入るアトリエ。窓の外には四季折々の植物が目を楽しませてくれる。

屋久島の暮らし=中村圭・高田裕子

窓の外に見える百合の花。陽射しを受けて色合いを変える。

屋久島の暮らし=中村圭・高田裕子

体よりも大きなキャンバスいっぱいに、隅々まで苔や植物を描いていく。「天井がもう少し高ければ」と、裕子さん。

屋久島の暮らし=中村圭・高田裕子

とても細かな、実寸大のルリハコベを丁寧に彫る。屋久島の光は作業を続けていても目が疲れにくいそう。

屋久島の暮らし=中村圭・高田裕子

2月になると屋久島中に咲くりんご椿。作っても作っても、溢れんばかりの自然のモチーフは尽きない。

屋久島の暮らし=中村圭・高田裕子

春の訪れを告げるオオゴカヨウオウレン。雪解けに咲く白くて小さな可憐な花。シルバーの静かな輝きが、触れれば解けてしまいそう。

屋久島にギャラリーをつくる

 “白い壁面に囲まれた静かな空間でゆっくり作品を見てほしい”という想いから、4月下旬には平内集落にギャラリーもオープン予定。今はその準備で大忙しだ。
 同じ敷地内には、屋久島にてケータリングと出張料理を行うLatable・羽田郁美さんのレストランもオープンする。すぐ側にはきれいな小川が流れ、夏になれば蛍も飛び交う場所。
「私たち3人がこの島から得た感動やインスピレーションを、それぞれの方法、絵画やジュエリーや料理で表現して、何かを分かち合える場所にしたいです。作品を観たり、身につけたり、食事をしたり。感覚的で豊かな時間を、ゆっくり過ごしてほしいですね」と、裕子さん。
 また、ギャラリー制作を通して新たなつながりも生まれているそうだ。
「日常的に人と会うようになり、新しいつながりが出来たり、友情が深まったり。これまでになかった人間関係が作られていて、それがとても楽しくてありがたいです。たくさんの人々に支えられて今日まで描いてこられたことを改めて実感して、感謝する日々です」
「僕ら3人を中心に、本当にたくさんの方に助けてもらっています。時には夜中まで、みんなで色んな話をしながらペンキを塗ったり…」
 それはなんだか文化祭の準備のようで、胸がキューッとなるのだと、圭さんは語ってくれた。

ギャラリーの裏の小川。自然と触れ合うことが何よりも制作の刺激になる。

生きるという制作活動

 アトリエにこもって作品を制作する日々と、個展で数百人の人々に出会うという極端な生活を送ってきた2人に訪れた、環境の変化。少しずつ変化しながら、2人はその手でさまざまなものを生み出していく。作品も日々の暮らしも、人と人との関係性も。一つひとつ丁寧に、形作っていく。
「屋久島の森や植物たちの力強さ、ひたむきさ、そのまっすぐな美しさ。光に向かってひたすら伸びる、とか、増殖し続けて大きくなっていく、その無心さに力づけられるし、その絶え間ない変化こそが、生きる、ということなのかなとも感じるんです」
 自然とともに日々育ち、変化していく2人の制作活動は、まさに“生きる”そのものなのである。

屋久島の南に位置する平内集落。Latable・羽田郁美さん宅の敷地内にあった離れを改装してギャラリーに。

屋久島の暮らし=中村圭・高田裕子

羽田さんは2009年に東京より移住。2011年にLatableを始めた。

屋久島の暮らし=中村圭・高田裕子

「毎日くたくたになります」と、裕子さん。家を改装する時も、圭さんよりもてきぱきとしていたという。

屋久島の暮らし=中村圭・高田裕子

作業は夜遅くまで続くことも。現在はギャラリー制作の時間が長いので、休日には嬉々として作品を作るそう。

Profile

中村圭(なかむらけい)・高田裕子(たかだゆうこ)
2009年に大阪府より屋久島・中間集落に移住。ボタニカルジュエリーを制作するKEI NAKAMURA、屋久島の自然を描く画家・高田裕子。「shizuku」というコラボユニットも結成。2012年4月下旬には平内集落にギャラリーをオープンする。
KEI NAKAMURA http://kei-jewellery.com/
YUKO TAKADA WORK http://www.yukotakada-work.com/

写真=石川博己 文=柳田奈穂