2016年12月21日(水)。
いよいよモニターツアー「生業のある風景」もラスト。第3回目は、熊本県の南関町と福岡県の大牟田市を巡りました。

・第1回目のモニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編(http://f-d.cc/archives/10368
・第2回目のモニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編(http://f-d.cc/archives/11214

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

最初の見学先は、南関町の塩山食品です。こちらでは、町の名産品の一つである「南関あげ」を製造しています。
工場長の塩山さんに、南関あげの作り方などを教えていただきました。

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製造工程の各段階で、大豆がどのように南関あげになっていくのか、現物を前にご説明くださいます。
大豆から出来るのは、普通のものより少し硬めの豆腐。それを薄くスライスし、プレスして水分を抜くと、振っても破れないほどの硬さに。その薄く硬い豆腐を二度揚げして、カットすれば完成です。
どのくらいの硬さなのか、触って確認。

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実際の製造風景も見せていただきました。

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1日に1万5千枚もの南関あげを作っているそうですが、その一枚一枚を、人の手で丁寧に揚げているのには驚きました。
まずは低温の油で揚げながら大きく広げていき、高温の油に移してパリッと仕上げます。

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みるみると揚げる前の4倍以上の大きさになっていく様子は、まるで魔法か手品を見ているよう。職人さんの熟練の技に釘付けになりました。

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お土産にいただいた南関あげ。定番のお味噌汁やいなり寿司だけでなく、様々なお料理に使えるそうです。
海苔のかわりに南関あげを使って作る「南関あげ巻き寿司」は郷土の味。筍の煮物には相性抜群で、なんとカレーに入れても美味しいとのこと。
水分を極力抜いているため、常温でも約3か月の長期保存が可能。だしや水分が染み込みやすく、食感はふっくらジューシーなのだとか。お料理するのが楽しみです。

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次に訪れたのは、猿渡製麺所。南関町の代表的な特産品である、南関そうめんを作っています。
全国的に機械化が進んでいる中で、こちらは全ての工程を手作業で行っている、貴重な製麺所です。

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特に、2本の竹の棒を自在に操り、生地を細く細く引き延ばしていく職人技は圧巻。30センチほどの生地が、最終的には4メートルもの長さになります。
針の穴も通るほど細い、白糸のような南関そうめんが天日干しされている風景は、今となってはもう、ここでしか見ることができません。(上の写真は、冊子の取材時に撮影したものです。)

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猿渡製麺所の9代目・井形朝香さんと、現在、弟子入りをしている猿渡さんが出迎えてくださいました。
井形さんは81歳になられるそうですが、とてもそうは見えないほど若々しくお元気です。

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そうめん作りには、お天気を読むことが欠かせません。
今は天気の良い日だけ、そうめん作りをしているそうで、翌日が雨の予報だった今日は、残念ながら作られていませんでしたが、その分、ゆっくりとお話を伺うことができました。

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小学校3年生の時からそうめん作りを手伝い、70年間この道一筋という井形さん。
南関そうめんの作り方から由来、そして、これまでの並々ならぬ苦労や喜びなども教えてくださいました。

戦時中、そうめん作りを止めるようにと警察に何度連れていかれても、作り続けた祖父の思い出。
子どもの頃、川で遊んでいる友達を横目に、泣きながら手伝いをしていたこと。
家出して逃げ出したいと何度も思いながらも、歯を食いしばって続けてきたからこそ、今も伝統の技と味が残っているのだという自負。
後継者がいない中、猿渡製麺所の味に惚れ込み、前年から修行に来ているお弟子さんの成長を見る喜び。

「そうめん作りは私の命です」と、井形さんはきっぱり仰います。
自分の一生をかけ、一つのことに打ち込んできたからこそ語ることのできる言葉が胸に沁みました。

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「安政三年」と書かれていたという道具(クレンザーで掃除をしたら消えてしまったらしいのですが…)や、曾祖母の代から200年間も大事に使われてきた包丁など、置いてある道具にも歴史の重みが感じられます。

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手打ち・手延べで作る南関そうめんはコシの強さが特徴で、茹でて置いていても伸びないのだとか。
一つひとつ手作りのため、大量生産できない希少なものです。
こちらでしか買えない南関そうめんをお土産に購入して、昼食場所である「特産品センター なんかん いきいき村」へと向かいました。

素晴らしい職人技と天日干しの風景を、参加者の皆さんにご覧いただけなかったのは非常に残念でしたが、昔ながらの製法を受け継ぎ、自然と真摯に向き合いながら作っているということが、余計に印象づけられたように思います。
これが機械化されていて乾燥機で乾かすのなら、天候に関係なく、いつでも見られるわけですから…。

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昼食は、うどんとバイキングの2グループに分かれて頂きました。
バイキングは、そのメニューの豊富さにまずビックリ。塩山食品で教わった、郷土料理の南関あげ巻き寿司や、南関あげ入りカレーなども並んでいます。どれもこれも美味しくて、胃袋が1つでは足りないくらい…。
皆さん、何度も何度もおかわりへと席を立ち、お腹いっぱい堪能しました。ごちそうさまでした!

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続いては、大牟田市へ。officeTKの田中さんが案内してくださいました。

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長い階段を上り、まず訪れたのは、大牟田の人もあまり来ないという場所。

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ここから見える景色が、昔からある大牟田の原風景だと田中さんは仰います。
反対側の西の方は、江戸時代以降に干拓によってできた土地なのだとか。

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「地名は、その土地の特徴を示しています。では、“大牟田”はどういう意味かご存知ですか?」と田中さん。
「牟田」とは、沼や湿地を表す言葉。つまり「大きな牟田」ということで、この地はかつて、湿地帯だったそうです。
そして、大牟田といえば炭鉱のイメージ。大牟田の炭層は、古第三紀(6,600万年前〜2,303万年前)にメタセコイアの木が堆積して出来たものだとか。はるか古代、ここにはメタセコイアが群生していたのでしょうね。
気が遠くなるような遠い時代の情景に思いを馳せました。

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白い鳥居と朱色の社殿が印象的な金比羅神社にも立ち寄り、高台から町並みを眺めながら、炭鉱で栄えた華やかなりし頃の話などを教えて頂きました。

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大牟田川沿いを歩き、商店街へと向かいます。

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大牟田には、お好み焼きのお店がたくさん。その背景には、悲しい理由がありました。
50年程前、炭鉱での炭塵爆発で400名以上もの方が亡くなるという大事故があり、大牟田には多くの未亡人が…。彼女たちは生活をしていくため、家の玄関先で、鉄板と粉があればできる商売としてお好み焼き屋を始めたのだそうです。

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銀座通り商店街の中にある大牟田神社で集合写真を撮った後は、しばし自由散策。
今回は写真学科の学生さんたちも参加してくださり、思い思いにシャッターを切っていました。中にはカメラ3台で臨んでくれた方も!

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途中で、明治時代から続く老舗の和菓子屋「菊水堂」の森さんが、かすてら饅頭を振る舞ってくださいました。

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しかも、特別にクリスマス・バージョン!かわいいトナカイです!

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食べるのがもったいないような気もしましたが…美味しく頂戴しました。ありがとうございました!

実は、菊水堂の森さんには、記念すべき第1回目のクリエイティブツアー「大牟田レトログラフィvol.1」でもお世話になっており、実際に作るところを見学させてもらっています。その時の出来立てアツアツのかすてら饅頭が、これまた格別な味だったそうで…。(とっても羨ましいです!)

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おやつで一服した後は、銀座通り商店街の奴屋さんへ。
こちらで井形知子さんに、下駄の鼻緒かけの実演を見せていただきます。

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下駄や草履の鼻緒の取り替えを行うお店も現在では少なくなってきていますが、奴屋さんでは開店当初から90年以上も続けているそうです。

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お客さんの足の形に合わせて、履きやすいように鼻緒を調節。

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機械にはできない、こまやかで丁寧な手仕事です。

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素敵な下駄や草履がずらり。
柾目(まさめ)の通った下駄というのが、一番上等な、良い下駄なのだとか。
今ではほとんど作られなくなってきているそうで、「売らずに大事にとっておいたのよ」と昔のものを見せてくださいました。下駄の台の表面から歯まで、木目がまっすぐに通っていて、歯の部分も後から付けたのではなく、一枚の木をくり抜いて出来ています。
私も好きな台と鼻緒を選んで、自分好みの下駄を誂えてみたくなりました。

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再び、商店街を散策しつつ、辿り着いたのは、旧大牟田商工会議所。

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昭和11(1936)年の竣工当時は、地下1階・地上2階建てでしたが、地盤沈下のため、昭和42(1967)年に地下の部分を埋め立てて改築されたそう。
三池炭鉱と共に歩んできた大牟田の商工史を物語る貴重な建物です。

その他にも、近代日本の発展に欠かせなかった石炭を掘り出していた大牟田には、当時の繁栄ぶりを示すような素晴らしい造形物の痕跡があちこちに残っているので、ぜひ見つけていただけたら嬉しいですと田中さん。

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旧大牟田商工会議所の脇の細い道を通り抜けると、そこには「有明商店街 年金通り 低料金」の看板が。
かつては炭坑夫たちで繁盛していた飲み屋街が、今では年金で暮らす高齢者の憩いの場になっているという、ユニークな商店街です。

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田中さんの地元愛に溢れるお話を聞きながら大牟田のまちを歩くことで、何気ない風景の中にも、様々な物語が見えてきました。

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最後にエコサンクセンターにて、アンケートの記入と意見交換会。参加者の皆さんから貴重なご意見・ご感想を頂きました。ご参加いただき、ありがとうございました!

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まるで水を湛えた棚田のように輝く、ソーラーパネル。
有明海に沈む美しい夕陽を目に焼き付けて、大牟田を後にしました。

お話を聞かせてくださった皆さん。
南関町をご案内くださった仁田原さん。
大牟田市をご案内くださったofficeTKの田中さん、市の永江さん。
その他、ご協力くださった皆さん、本当にありがとうございました。

Posted by:f-d